「興味を持ったらとにかくなんでもやる、
〝やりたがり〟ですね」。
自らの性分をそう語る安野美代子さん。
広島市から郷里の益田市にUターンし、
アウトドアにイベント参加にと
アクティブに過ごしている。
活動は益田市内に止まらず、
浜田市、津和野町、吉賀町、時には山口県に
足を運び、各地に仲間を増やしている。
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一番大切なものって何だろう?
家族を想ってUターン。
Uターンを決めたのは、故郷の益田に住む家族を想ってのこと。広島市の中心部でバリスタとして飲食店に勤めていたが、土日・祝日が忙しいため、祖父母や両親、県外から時々帰ってくる兄弟と休みの日が合わない。そのため、帰省しても全員揃って過ごすことが難しかった。「やりたい仕事はいつでもできるけど、人の時間は止められない。優先するべきなのはどちらなのか?と考えるようになりました」
理由はもう一つ。イタリアを旅したときのことだった。現地の友人が地域の文化や歴史などを説明しながら案内してくれた。しかし自分は同じように日本や郷里の文化・歴史について語れる知識がないと感じたのだ。島根とは全く違う異国の地で、「郷里の土を踏み、深く知りたい」という気持ちが沸き、安野さんを益田市へと向かわせた。
2014年にUターン。安野家は益田市中心部にある。町中と言っても大きな建物も山もない。家の前を流れる高津川に沿って歩けば町を見渡せ、空が広いため朝日も夕日も見られる。帰ってきた翌日の朝、家の窓を開けると、高津川の向こうにそびえる比礼振山(ひれふりやま)から朝日が昇っていた。安野さんの住む地域から比礼振山の日の出が見られるのは年にたったの2回。「偶然だけど、益田の町に〝おかえりなさい〟と言ってもらえたような気がしました」
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ふるさとの歴史、家族の歴史を
知り、見つめ直す。
地元に戻り、ネット通販会社に就職。新しい仕事をこなしながら、日本文化を学ぶために着付け、茶道、華道を習い始める。島根を知るために古事記や石見の伝承に関する文献を読んでいった。地元で〝ひとまろさん〟と呼ばれ親しまれている万葉歌人・柿本人麻呂についても学び、神社などゆかりの史跡も巡った。毎日眺めていた比礼振山にも、女神が降りて農作物の種をもたらした伝説があると知った。生まれ育った町の何げない風景の一つ一つに、今の営みに続く物語があったのだ。「人が住んでいる所には歴史がある。それにずっと気づかなかった。益田がこんなに奥深い地域だったなんて…。大人になって学ぶと面白い!」
実家で同居する祖父母との時間も大切にし、家族の物語に耳を傾けている。祖父が地元の舟神事・ホーランエーを深く愛してきたこと、祖母が運転免許を取得した益田で3人目の女性だったこと、二人の結婚、新婚旅行…。安野さんは祖父母の古い写真を整理してデータ化し、写真集を製本した。家族の中で大切に共有していくためだ。「当たり前なんですけど、孫から見ればおじいちゃん・おばあちゃんという存在であっても、本来は一人の〝人間〟なんですよね」。それぞれの記憶や思いに触れることで個人としての姿が浮かび上がった。それは安野さんにつながる家族の歴史でもある。
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好きなもの、ワクワクすることで
人の輪を広げていく。
好奇心旺盛で行動的な安野さん。興味があることは何でも挑戦する。益田市内の酒蔵では酒造りを体験した。吉賀町では888apa(ミツバチアパートメント)というプロジェクトに参加し、巣箱を作ったり蜂蜜や蜜蝋を採取したり。「ホーランエーにも参加したかったけど、神事の船に乗れるのは男性だけで…。サラシを巻くから乗せて!と言ってみたけどダメでした」と笑う。
SNS で気になった店やイベントにはすぐに足を運び、積極的に声をかけ人とつながる。「隣にいたら友達だと思うタイプなので、すぐ話しかけちゃいます」。知り合った人からイベントや友達同士の集まりに誘われ、またそこで新しいつながりができていく。
UIターン者の交流会や、地域で挑戦する人を応援するプロジェクトなど、参加している会も多い。安野さんが興味を持ちそうなことがあれば声をかけてくれる人も増えたそうだ。興味関心という共通項があれば、友人になるのに年齢や性別を気にすることはない。人の中に物怖じせずに飛び込み、学生とも自分の親のような世代ともフラットに付き合える姿勢が、仲間の輪を広げている。
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清流・高津川で楽しむテントサウナ
つながる縁も喜びに。
今夢中になっているのは、益田市や吉賀町など近隣地域の仲間と取り組んでいる「柿木村サ道部」の活動。自然の中でテントサウナを立て、サウナストーンに高津川の河原の石を加える。蒸気の香り付けには地元で採れた柚子やハーブ、茶葉などを使い、心地よい香りに満ちたサウナで体の芯まで温まったら、冷たく透き通った高津川に飛びこみ、川面に体を浮かべる。川から上がり、木々のざわめきに耳を傾け…。澄んだ空気の中での外気浴はまさに至福の時間。サウナの前にお茶を点ててふるまうこともある。
体で感じる心地よさとともに、サウナでつながる人の縁も喜び。仲間内で楽しむだけでなく、SNSで情報を発信し体験会を実施したり、イベントでお試しサウナブースも設けている。サウナを一つのフックに、人と人が繋がれる場所を作ることが安野さんの願いだ。
安野さんは「人生の宝は人との繋がりと経験だと思う」と話す。Uターンする前の安野さんは、田舎には面白いことは何もないと思っていた。帰ってみると、石見エリアはIターン者が増えていることもあり、楽しみながら暮らしを豊かにしている人がたくさんいると感じた。「繋がらないともったいない!サウナだけでなく、接点になる楽しいことを作っていきたいです。新しいことに取り組む人の応援もやっていきたいですね!」
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楽しみも人との繋がりも、
豊かさは自分で見つけ、作るもの。
安野さんにとっては、野に咲く花の名前を調べ、茶道の茶花に使える花を探すことも娯楽。自然豊かな郷里を知り、自身を豊かにする楽しみ方だ。「視点の変え方で楽しいことはいくらでも作れると思います」
季節の移ろいも日々の喜びだ。ウグイスの鳴き声が徐々に上達していく様子に、春の訪れを感じる。夏に田んぼから聞こえるカエルの合唱で、雨雲が近づいていると知る。神社から聞こえる神楽囃子で秋を感じる。早朝に酒蔵から酒米を蒸す湯気が上がれば、寒仕込みの季節である冬が来たのを実感する。「季節を春夏秋冬だけではなくもっと細分化して感じられるようになりました。それも田舎のいいところかな」
島根での暮らしを楽しんでいる安野さん。「都会は何でもすぐ手に入りますよね。でも、田舎だからこその楽しみはたくさんあるし、ないものは作ればいいと思います」。身に付けるアクセサリーやバッグなどは、気に入るものが売っていないからと手作りした。日々の楽しみも人との繋がりも、自身の手で探し、作り上げている。一番幸せな瞬間はいつかと尋ねると、「会いたいな、と思える人たちがいる瞬間」と微笑む。彼女自身が人と縁を結ぶことで、誰かの笑顔にも繋がっていくのかもしれない。
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- 安野美代子さん
- 益田市在住。2014年に広島市からUターンし、飲食業からネット通販会社に転職。プライベートではアウトドアやイベントなどを楽しみ、テントサウナの愛好会「柿木村サ道部」、地域課題やみんなの「やりたい!」を応援する〝リアル〟クラウドファンディング「つわのスープ」などに参加している。 ※掲載記事は取材時点の情報となります。