滋賀県で看護師の仕事をしていた森さんが
「自分がやりたいことをやりたい!」
とたどり着いた地は、
それまで縁もゆかりもなかった島根県江津市。
現在は『いのちを養うお手伝い』を
コンセプトにして立ち上げた「めばえの森」で、
日々アクティブに活動中。
そんな森さんに会いに、江津の地を訪れた。
助産師免許の取得を機に
島根に移住。
煙突のある小さな一軒家、森さんの自宅兼サロン「めばえの森」は江津市内の住宅街にあった。中に入ると、森さんは赤ちゃんを連れたお母さんたちと楽しそうに談笑中。今日はここで「マタニティ・ユニバーシティ(マタユニ)」が開催されるという。マタユニとは森さんが主催する講座で、妊娠や出産といった女性に必要な知識を楽しみながら学ぶことができる。
この日は参加者が互いに育児などの悩みを共有したり、バランスボールで身体を動かしたりしながら、終始リラックスムードで時間が過ぎていった。講座が終わると参加したお母さんたちはスッキリした表情で、「ここに来て色々話すことでまた頑張れる」と言う。その言葉を聞いてうれしそうな森さん。「ここで生徒さんや赤ちゃんと話したり関わっている時が一番幸せなんです」と笑顔で話す。
森さんが初めて島根を訪れたのは2015年。それまで滋賀県内の病院で小児科の看護師として働いていたが、助産師を目指そうと大学受験を決意。助産師免許を取得できる大学を調べる中で、森さんが求める条件にピタリ合ったのが島根県立大学だった。「現役で働いている自分の経験が活かせて、かつ都会じゃないところが条件でした。人混みが苦手で…」と笑う。
無事大学に合格し、働いていた病院を退職して、キャンパスのある出雲市に住み始めた。実習先に選んだのは、県西部に位置する江津市にある病院。森さんが以前から興味を持っていた性教育への取り組み方に共感できたからだ。江津ってどんなところなんだろう?と興味を持った森さんは、江津市で開催されていた地域づくりの講座「ごうつ道場」を見学に行った。しかし地域貢献に対する参加者たちの熱い思いに圧倒され、「その日はすごすごと帰りました」と話す。ところがその後、大学の文化祭でごうつ道場の参加者の一人だった竹内希さんと偶然の再会。そこから2人の交流が始まった。
やりたい事を形にした
「めばえの森」。
実習先の病院も決まり、3カ月間の実習期間中は竹内さん宅で過ごした。人口2万3千人ほどの江津市は日本海に面し、海や山など豊かな自然と食に恵まれUIターン者も多い。森さんは江津での暮らしの中で「やりたい事をしている人」や「チャレンジする人を応援する風土」に触れ、ここにいれば私も何かできるかもしれないと感じたという。
同居していた竹内さんもまた、関東から江津にIターンした一人で、江津を拠点に地域づくりのお手伝いをするNPO法人「てごねっと石見」に所属している。「竹内さんの楽しそうな仕事ぶりを間近で見ていて、江津っていいところなんだと感じました。実習先の助産師さんも、思いを持ってやっている人ばかりで本当に楽しくて。このまま江津にいよう!って思ったんです」と話す。こうして卒業後も江津で働くことを決めたという森さん。縁もゆかりもない土地に住むことに抵抗はなかったか尋ねると、「私にとっては自分のやりたい事が最優先だったので、場所は大した問題ではなかった」という。
江津に移住後、しばらくは病院で助産師として働いていたが、女性の健康に携わる活動にもっと直接的に取り組みたいと、2017年に独立。「やりたい事をやっていたら、それが地域の課題と結びついた。例えば思春期の女の子に向けた性教育や、産後の女性のケアといった、それまで趣味でやっていたことを事業にしようと思ったんです」。その思いを形にするため今の家に住まいを移し、「めばえの森」を立ち上げた。
ゆったりと過ごせる、
人にやさしい町。
現在はマタユニをはじめ、主に女性の身体をテーマにした様々な活動を行っている。仕事とプライベートの境界線はあまりないといい、イベントがない日はぶらりと町へ出かけてカフェで仕事をすることも。狭い町なので約束をしていなくても知り合いに会うこともしばしば。「おー!ってそのまま一緒にお茶飲んだり(笑)」。都会のせわしなさが苦手という彼女には、そんなこの町の暮らしが肌に合っているようだ。
「江津は本当に魅力的な人が多いので、普段から色んな人に会って普通に会話して、そこから何かの企画が生まれることも多い」と話す森さん。必要以上の干渉もなく、困った時には助けてくれたり、人を紹介してくれたり。それを森さんは「愛のあるお節介」と表現する。小さい町だからこその、顔が分かる関係や深いつながり。それが森さんのチャレンジに勇気を与えているという。
日々の暮らしを楽しみながら、
夢への実現へ向けて。
今の家に暮らすようになってからは、「家も大好き」という。自宅でもある「めばえの森」は、木を基調にリノベーションされたぬくもりのある空間だ。建物は賃貸で、リビングにキッチン、他にも部屋や2階があり、家賃は都会のアパートほどの価格。それでこの暮らしが手に入るのは、田舎ならではの贅沢である。
部屋の中には至るところに大好きだというドライフラワーが飾られ、キッチンには手作りの梅シロップやこだわりのスパイスがギッシリ。普段から料理も楽しんでいるといい、島根の魚を初めて食べたときは、あまりのおいしさに感動したという。奈良の生まれで滋賀で働いていた森さんにとって、島根は初めての海のある県。「本当においしくてビックリ!それまで切り身しか買ったことなかったけど、こっちに来てから練習して捌けるようになりました」と笑う。
温泉通いも好きだといい、中でも歴史のある有福温泉がお気に入り。「レトロな雰囲気が大好き」と、回数券を買って通ったことも。「他にもいっぱい好きな場所があるんですよ、海岸の風車がよく見える丘とか、駅の近くのお店とか・・・毎日こんなに充実してていいのかなって」とおしゃべりは止まらない。聞いている方も思わず、江津に住みたくなった。
今後の目標は?と尋ねると、「県西部には女性が身体の悩みを気軽に相談できる場所がまだまだ少ない。だから病院に行く前に気楽に相談できるような健康づくりの拠点を作りたいんです。マタユニなどもその目標へ向けての活動の一つ、ここでその夢が叶えられたら」と思いを語ってくれた。
来春からは、ビジネスパートナーでもある竹内さんのいる「てごねっと石見」で働くことが決まっているという。森さんが竹内さんを見て移住を決めたように、今度は森さんの楽しそうな暮らしぶりを見て移住してくる人が増えるかもしれない。
- 森春奈さん
- 奈良県出身。滋賀県で看護師として勤務し、助産師免許取得を機に江津市へ移住。2017年に「めばえの森」を立ち上げ、子どもから高齢者まで幅広い世代の身体と心の健康づくりを実践している。趣味は陶器集め、カフェ巡り。 ※掲載記事は取材時点の情報となります。