福祉の仕事に従事し、やりがいを持って働いていた大上祥子さん。
「何かを変えたい」と選んだのは、自分を育ててくれた故郷での暮らしだった。
見慣れた景色、食べ慣れた土地の味、「おかえり」と言ってくれる地域の人たち。
やりたいことを見つけながら地域のために働く、大上さんを訪ねた。

田畑の恵みに笑顔がいっぱい!
秋晴れの空の下、飯南町の山あいにある「うやま農園」では、この日サツマイモの大収穫祭が行われていた。大人も子どもも泥んこになってサツマイモを次々に土から掘り出し、なだらかに連なる山々にこだまするように笑い声が響きわたる。参加者の中には遠方から訪れている人も多く、「ここのサツマイモは本当に美味しい」と声を合わせる。
畑の中から「こんにちは!」と大上さんが笑顔で走り寄ってきた。大上さんは飯南町観光協会でふるさと納税の担当業務を行っており、以前からこの農園のサツマイモを返礼品として取り扱っている。農園主の宇山さんともすっかり仲良くなり、今日は一参加者として芋掘りを体験中。作業が一段落したあとは、みんな一緒に昼食会。「はじめまして」の顔ぶれの中で、田畑の恵みいっぱいの料理をいただく。ひと仕事終えたあとのご馳走に、みんなの箸が止まらない。静かな集落の民家の中で、ただただ穏やかな時間が過ぎていった。






何かを変えたい。
導かれるように故郷へ
島根県のほぼ中央にそびえ、地域に多くの恵みをもたらす「三瓶山」。国立公園に指定され、四季折々観光にアクティビティにと人々を楽しませてくれるこの山の麓で、大上さんは生まれ育った。地元の高校を卒業後に岡山県にある福祉系の短大に進学。そのまま岡山で福祉の仕事に従事したが、「いつか島根に帰りたいな」と漠然と思っていたという。就職して4年が経った頃、“介護予防”の分野に興味が湧き資格を取得。松江にある機能訓練特化型デイサービスの求人を見つけ、2014年に松江に“Jターン”した。松江の職場では幅広い業務を担いながらやりがいを持って働いていたが、7年目になる頃、「自分はこのままでいいのか?何かを変えるべきではないのか」と感じはじめていた。転機となったのは30歳の時。飯南町で開催された「30歳の成人式」に参加した。「久しぶりに同級生に会い、お互いの近況を話しました。みんなの話の中で、役場など地元で働いている子が生き生きと仕事をしている様子を聞き、飯南町のために働くのもいいなと感じました」
その後も松江で仕事を続けながら、地元への思いは徐々に大きくなっていった。ある時、飯南町で行われた人材育成の講座を受講することに。参加者たちの“この町でやりたいこと”や思いを聞くうちに、自分もこの町で何かできそうな可能性を感じた。そしてその矢先、飯南町観光協会に求人があることを知った大上さん。「働ける場所があるなら帰ろう」と、故郷に導かれるように戻ることを決意。そして2021年、大上さんは生まれ育った地に“Uターン”した。





両親が作ってくれていた「私の居場所」
現在は前述の通り、観光協会でふるさと納税の業務を行う日々だ。「地域の返礼品を探す中で、飯南町の魅力を再発見するのもやりがいの一つ」と話す。飯南町の好きなところは、星が近くてきれいにみえるところ。地元に戻り、改めて自然の美しさを感じることができているという。「のどかなところも好きですね。小さな町なのでみんなが知り合いという感じで、子どもたちの見守り文化が今も息づいている地域だなと思います」
飯南町のいいところは?と聞くと大上さんは少し考えて、「誰かがやりたいと思っていることを、形にしようと協力してくれる人が多いところ」と答える。それを最初に感じたのは飯南町にUターンして間もない頃。同級生たちで集まっている時、メンバーの1人に「何かをやりたくて帰ってきたんじゃないの?」と言われた。「その言葉にハッとしたんですね。グサって刺さったような(笑)それで自分がやりたいことを書き出してみたんです。その一つが“土鍋でご飯を炊きたい”というもので、それを友達に話したら、じゃあやろうよ!って乗ってきてくれて。どうせなら地元野菜でおかずを作って、野外でマルシェ的にやろうって、どんどんイメージが膨らんで。当時はコロナ禍で食事には人数制限がありましたが、めちゃくちゃ楽しかったです」
さらにそのイベントが町の広報誌で紹介されたことで、図らずも大上さんが飯南町に帰ってきたことが広く知られることに。「広報誌見たよ。っていろんな人に声をかけてもらう機会が増えました。私は知らないけど、親が知り合いという人も多く、“大上さん家のショウコちゃんだよね。帰ってきたんだね”って言ってもらえたり。うれしかったし、それって両親のおかげなんですよね。両親がここでしっかりと地域のために頑張ってきてくれたから、この町に私の居場所も残っていたんだと思います。親の恩恵を受けているなと、帰ってきて感じることが多いですね」





一つの事柄から、少しずつ、
人と人の輪をつなげて
休みの日はドライブに登山とアクティブに過ごす派。飯南町は大小さまざまな山が連なり、登山愛好家にも人気の場所だ。松本山に築かれた賀田城跡は大上さんの好きな山の一つ。体力がないので登る時は辛いと笑うが、頑張った先には最高の景色が待っている。特に早朝は時折雲海が広がり、雲の切れ間から飯南町の町並みが眼下に見える。「登山は観光協会の仕事で山の案内係を担当したことがきっかけです。頂上からの景色を眺めて、あぁ、なんてきれいなところなんだってしみじみ感じました。カメラも好きで、景色を撮るのも登山の楽しみの一つです」
興味のあるものにはどんどん取り組んでいくタイプで、今特にハマっているものは発酵食品。ワークショップなどにも積極的に参加し、発酵を通して県内各地に知り合いができたという。「発酵に興味があるって周りに公言していたら、役場の方が町内で発酵の研究をしているグループを紹介してくださいました。JAの加工所で活躍されていたOB、OGの方たちで、私の師匠たち。そこに通って3年目、今まだ修行中なんです」と楽しそうに話す。そうして人の輪がどんどんできていくのも、この町の魅力だという。
故郷の良さというのは案外気づきにくいものである。小さい頃からそれが自分にとって「当たり前」であり日常だからだ。「地元にUターンしたことでこうして何度かインタビュー等で取り上げてもらえる機会がありました。その度に自分の中で故郷についての“棚卸し”をして、“あぁいい町だなぁ”ってしみじみ感じることができています」。故郷を一度出て戻ってきたことで、故郷の良さを再確認できているという大上さん。飯南町の雄大な山々に抱かれながら、育ててくれたこの町で生きていく。







- 大上祥子さん
- 島根県飯南町出身。岡山の短大で福祉を学び、倉敷市と松江市で合わせて11年介護の仕事に従事した。2021年6月に飯南町にUターンし、現在は飯南町観光協会でふるさと納税の窓口を担っている。 ※掲載記事は取材時点の情報となります。