東京や大阪などの大都市ではなく、島根の大学を選んだのは「田舎育ちだからライフスタイルが合いそう」というシンプルな理由からだった。坂口さんは鹿児島県鹿児島市で生まれ育ち、年に何回か帰省する祖父母の住まいは指宿。いつも海が側にあったため、進学先も海が見える場所が良いと思っていた。「特定の分野に絞らず、幅広く学べる環境の大学を探していました。一度九州から出たい気持ちもありました。知らない土地に住んで、いろいろな経験をして、自分の可能性を引き出したかったんです」。条件にマッチした候補の中から選んだのが、島根県立大学浜田キャンパスだった。坂口さんは初めて浜田市に来た日のことを覚えている。「海がすっごい綺麗!こんな海初めて見た!透明度が高くて、開放感があって…。ここでしかできないことをやろう!と思いました」
平成生まれの坂口さんにとって、浜田や益田の町はちょっとレトロに感じられるそうだ。「昭和の日本ってこんな感じだったんだろうなと思います。赤い屋根の漁師町や、飲み屋街の古い看板、昔からある神社やお寺など、味わい深い風景がたくさんあるのが面白い!」。いつもフィルム式の使い捨てカメラを持ち歩いていて、心動くシーンを切り取っている。スマホと違って撮り直しができず、どんなふうに撮れたのか現像しないとわからないところが魅力だ。
大学では総合政策学部で国際関係や社会経済などを学び、プライベートでは島根の海を満喫している。熱中しているのがサーフィン。地元サーファーの誘いで始め、今は波に乗るのが楽しくてたまらないそうだ。シーズンは秋から冬。「鹿児島の海と島根の海は波の質が似ている気がする。冬の寒さも近いものがありますね」。パワーがある太平洋の波と比べ、日本海は癖のある波が打ち寄せることが多い。「波質に合わせるのは難しいけど、読みがハマってバッチリ技が決まるとヨッシャ!って思います」。サーフィンは自然が相手のスポーツ。表情を変え続ける海に真正面から向き合い、波を掴む瞬間が最高に楽しいそうだ。
海から上がった後に温泉で温まり、体を休めることもある。お気に入りは浜田の美又温泉と江津の有福温泉。アウトドアレジャーと温泉をハシゴして味わうのは、温泉王国島根ならではの遊び方だ。ただ波に乗るだけでなく、海の中で交友関係を広げられるのもサーフィンの魅力。年齢や肩書きに関係なく、海に入れば仲間になれる。地元サーファーにはサーフポイントの地形、波に乗りやすいポイントなど、地元民ならではの知識を伝えられることが多い。波を待っていると「こっちの方が良い波が来るからおいで」と呼ばれ、技を決めるコツを教わることも。「地元で長く続けてこられた先輩方にはリスペクトを感じます。でも、ベテランのみなさんはいつも気さくに接してくださるんですよね」。そんな和やかな空気感も、坂口さんが思い切りサーフィンを楽しめる理由なのだろう。
サーファーたちからは技術だけでなく、人として学ぶことも多い。
「波待ちの間にいろんなことを話す時間が好き。同年代のサーファーだけでなく僕よりずっと年上のベテランの方もたくさんいて、息子や孫のように可愛がってもらっています」。年配者からは社会人としての礼儀やマナー、仕事のやりがい、苦労話などを聞く。就職活動の悩みを聞いてもらうことも。サーファーは会社員や公務員、地元の商店のオーナーなどさまざまな人がいて、中には小学生も!「学校での悩みを話してくれたり、『お母さんがスマホ買ってくれない』『父の日のプレゼントは何がいいかな』とか相談されたり。海に浮かびながら話してると面白いんですよ」。坂口さんにとっては、大学の外の社会に触れ、異なる年代の価値観や人生観を知る時間になっている。
アルバイト先はサーファーが集まる海辺の居酒屋。オーナーもサーフィンが好きで、仲間と集まっては波乗りの話で盛り上がる。サーフィンはただの娯楽ではなく、人と繋がり、自分自身の幅を広げるツールでもあるのだ。
海での楽しみはもう一つ。浜田市の隣の益田市津田海岸にある「古民家ビーチハウス Re:rie 」の活動だ。大学のサークルではなく学生有志による自立した活動で、人口が減った町に賑わいを取り戻し、地域を元気にすることが目標だ。病院だった空き家を改装し、夏に海水浴客のための海の家としてオープン。音楽イベントや清掃活動なども行っている。活動には地域住民も参加しており、「大工さんに改装を手伝っていただいたり、人がたくさん集まる時は駐車や騒音などで迷惑をかけないように近所の方に声をかけてもらったり、一緒にイベントの企画をしたり…。すごくありがたい。地域の方も楽しんでくれているみたいで嬉しいです」。イルミネーションの設置や、サーファーが使えるようにシャワー室を作るなど、季節を通じて賑わい作りの取り組みも共同で進めている。
津田海岸の周辺は古い家が多く、昔から続いてきた暮らしを大切にしている人が多い地域。「勝手に好きなことをやるのではなく、ここにある価値観や文化に敬意を持ち、尊重することが大切だと思います。保守的な空気はありますが、知識や技術を役立てたい人もたくさんいます。懐に飛び込んで、頼って甘えるのが田舎で楽しくやっていくコツかも!」
坂口さんは、海で楽しみ、情熱を注げる趣味を見つけ、仲間の輪を広げている。その中で、学びも成長もある。そんな豊かな楽しみ方ができるのが、島根での学生生活の魅力だ。