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西ノ島、中ノ島、知夫里島という3つの島からなる隠岐島前。その3島の生徒が通う県立隠岐島前高校は中ノ島の海士町にあり、全校生徒147人のうち86人が島外出身者だ。島前高校では「島留学」として、日本全国から生徒を募集しており、2020年春に入学した鈴木さんも、千葉県からの「島留学生」として海士町に来た。
「一つ年上の兄が先に島留学していたんです。でも私はあまり興味がありませんでした。2019年の夏に隠岐に来るまでは…」
家族旅行で初めて隠岐を訪れた鈴木さんを圧倒したのは、島を包む自然のパワーだった。深いブルーを湛えて澄む日本海、目を見張る断崖絶壁。海沿いに広がる大地に牛や馬が放牧され、遠くに目をやると空と海が溶け合うようにどこまでも続く水平線。初めて見る雄大な光景に心を奪われる一方で、人がとても少ないことが印象に残った。この隠岐の高校へ全国から生徒が集まる?一体どんな高校生活なのか。俄然興味が湧き、同年10月、オープンスクールに参加した。
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「その時に泊まった民宿の但馬屋さんが最高でした!隠岐民謡を踊ってくれた女将さんの笑顔がとても素敵で、島へようこそ!っていう気持ちが伝わってきて嬉しかったし、初めて会ったのにまるで親戚の子みたいに親しく話しかけてくれて、何だかホッとしました。一緒に泊まっていた他の生徒たちと話せたのも良かった。個性的な子ばかりで、それぞれに島留学をしたい理由が違っていて面白いと思いました。学校での説明会よりも、但馬屋さんで感じた島の温かい雰囲気や、未来の同級生たちと出会えたことで、海士町を好きになってしまった気がする」
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2度目の来島を終えて本土へ戻るフェリーに乗る時、自分でも意外な感情に襲われたという。「とても寂しかったんです。もっと島にいたい、この人たちと一緒にいたいなって」
私が求めるものが島留学にはきっとある、と予感したのだろう。また来ると自然に決意した。以来、兄から高校の話を聞くたびに想いが募るように。島に置いてきた心のかけらを取り戻しに行くような気持ちで受験に臨み、見事合格。晴れて島前高校生になった。
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自分の価値観を掘り下げる夢探究という授業や、地域に出てリアルな課題を学ぶ地域生活学など、独自のカリキュラムがある島前高校。島留学して感じたのは、「ここでは人との距離が近い」、そして「年齢や性別、出身など関係なく色んな人との接点がある」ということ。
「ボーリングも映画館も無いけど、今は娯楽施設で遊ぶより人との関わり合いの方が面白い。友達や先輩も、大人も、島での人付き合いってやっぱり都会より近くて濃いみたい。中学の頃は地域の大人とほとんど関わりが無かったけど、この島へ来てからは声をかけてくれる人が多いし、隠岐國学習センター(=島前高校と連携した公立塾)での学習発表や生徒発信のイベントなどに地域の人が来てくれて意見やアドバイスをくれたりもする。出会いや発見が毎日のようにあって、エンタメとは違う意味で刺激的です」
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46人の生徒が暮らす女子寮、鏡浦寮(けいほりょう)での生活も「カルチャーショックの連続」と笑う。「例えば言葉。みんないろんなところから来てるから、同級生たちの方言が分からないんですよ!そもそも島根の『~だが?』という言い方は独特だし、香川出身の子が『味がむつごい』と言った時には謎すぎて笑いました」寮生はとにかく仲が良く、まるで家族のよう。「たまにイザコザがあってもすぐに仲直りできる自信があります」と鈴木さんは胸を張る。学校外と繋がるチャンスも寮にある。○○地区で神社掃除の手伝いをしませんか、といった募集やボランティアの誘いがしばしば来るのだ。「そういう活動に一度参加すると友達が増えるし、地域との交流が始まってまた別のお誘いがある。自分が動けば動くほど、一緒に楽しめる仲間が増えて世界も広がっていく感じ」
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鈴木さんにとって海士町での暮らしは、色で表現すると「緑とオレンジ」だそうだ。「緑は自然が豊かだから。オレンジは雰囲気が温かいから。人どうしの交流の色」。
先日、町内の郵便局で外壁にクリスマスのイルミネーションを仕掛ける手伝いを頼まれた時のこと。「都会と違ってイルミネーションがほぼ無い島だけど、見た人が少しでもわくわくするように、みんなで飾り付けをしました。完成したら郵便局の人がすごく喜んでくれて、少しでも地域の役に立てたかなって思えて私も笑顔になれました。今、一番幸せを感じるのはそういう瞬間だと思う」。地域の人と笑い合える、温かな「オレンジ色」のひととき。ささやかな出来事だが、自分はこんな時に幸せを感じるんだな、と気付けたことも大きな発見だ。
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「部活でバスケを始めたり、保育園で園児と遊ぶボランティアに行ったり、自分が興味あることは何でもやってみようって思えるようになって、以前より自分を好きになれました。将来のことはまだ分からないけど、ここには仲間がいて、人と関わることも自分について考える時間も多いので、これから何かを見つけていきたい」
学校で、地域で、多様性を楽しみながら自分らしい “色” を探し始めた鈴木さん。島前高校で過ごす3年間で、仲間たちと一緒にカラフルな世界を描く。
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